インターネットが登場して以来、テクノロジー分野における最も大きな変革をもたらす可能性があると言われている技術があります。一体どのようなものなのでしょうか。それは、ブロックチェーンと呼ばれ、製造業界におけるビジネスの在り方そのものを変える可能性があります。
最も単純な形で捉えると、ブロックチェーンとは、ネットワーク内すべてのユーザーが、安全な環境下で取引を互いに承認し合う、透明性の高いデジタル台帳のことをいいます。ブロックチェーン技術を活用することにより、情報の縦割りをなくし、サプライチェーン内に存在するあらゆる情報を、網羅的でリアルタイムな情報にし透明性を向上させることを可能にします。このように多くの利点があると考えられている技術であることからも、トヨタに代表される自動車メーカーが、既にブロックチェーンを用いたビジネスの在り方の可能性を探るための研究開発を立ち上げており、ティア1サプライヤーにも準備を促していることは当然といえます。
サプライヤーが競争力を保つためにも、ブロックチェーンの基礎を理解し、どのようにして採用し活用すればよいかを考える必要があります。具体的にブロックチェーンがどのように既存のシステムやプロセスを改良、または代替する可能性があるか、ということについては以下の例があります。
スマートコントラクト
法的な契約(リーガルコントラクト)と異なり、スマートコントラクトとは、ブロックチェーンのインフラ上に作られるプログラムコードのことをいいます。スマートコントラクトには契約者の間で事前に合意された契約条項が定義されており、特定の契約条件が満たされた場合、スマートコントラクトが自動的に取引のプロセスを執行します。スマートコントラクトに必要なものはプログラムコードのみであり、データ取引、文書や支払いのプロセス、品質認証など、幅広い業務に利用することができます。
スマートコントラクトの利用例としては、サプライヤーがサードパーティロジスティクス(3PL)を使って貨物を輸送する場合が考えられます。サプライヤーが、必要な文書を送付し支払いを行うためにスマートコントラクトを作成・実行すると、3PL到着と同時にスマートコントラクト自体が支払いを承認、実行します。カスタマーも、製品が品質基準を満たさない場合には製品を受け取らない、といった契約条項を組み込んだスマートコントラクトをサプライヤー宛に作成します。こうすることにより、カスタマーが基準を満たした製品を到着と同時に受け取った場合には、サプライヤーはスマートコントラクトを通して自動的に支払いを受けます。一方で、品質基準を満たさない場合には、製品は送り返され、契約は執行されません。品質管理の観点から、スマートコントラクトが、欠陥のある製品がサプライチェーンに流れていくことを防ぐための役に立つかもしれません。
在庫のトレーサビリティ
- 国際法規への対応: グローバルサプライチェーンは、多様に交錯するサプライチェーンにより成り立っています。そのため、サプライヤー間での情報が分断され、個別のサプライヤーによるデータの収集が難しくなることもあります。しかし、ブロックチェーンを利用することで、これらの問題に対処することが可能となります。例えば、紛争鉱物レポートなどで、規制当局への報告に必要な原産国の情報の収集を容易に行うことができたり、輸出入に関するコンプライアンスのために、ブロックチェーン上の電子データを利用することも考えられます。また、航空産業にとっては、適合証明書や耐空証明等の文書にブロックチェーンを通して電子的にアクセスできることも大きな利点となります。
- 購買: ブロックチェーンは、ほぼリアルタイムに原材料や製品の動きを確認することを可能にし、ERPと連動させて使うことにより、タイムセンシティブな情報を更新することに役立ちます。ユーザーによるやり取りをほとんど必要とせずに、より現実的で信頼性のある配送日の情報を得ることで、リソースプラニングやスケジュール管理は飛躍的に改善し、データ入力時のエラーや、サプライヤー・メーカー間でのミスコミュニケーションを減らすことにもつながります。さらに、国境を越えた支払い手続きにおいては、中間業者を介する必要がなくなり、取引全体のコスト削減も可能になります。
- 物流: ブロックチェーンはロジスティクスの分野においては既に様々な用途で利用されています。ブロックチェーンを使用して、気温、位置、その他の不可欠なサプライチェーン上のデータを収集することにより、トレーサビリティや品質管理が向上し、問題の早期発見も可能になります。
透明性のあるサプライチェーンマネジメント
ブロックチェーンをサプライチェーンマネージメントに取り入れることで、サプライヤーからメーカー、販売店、そしてカスタマーと、サプライチェーンの始まりから終わりまで、情報の完全な見える化を行うことができます。一方、業界内ではこういった情報の完全な見える化に懸念を持つ人がいるかもしれません。
しかしながら、テクノロジーは急速に発達しており、プライベート・ブロックチェーンや、ハイブリッド・ブロックチェーンといったものまで開発されています。パブリック・ブロックチェーンでは、すべてのユーザーがすべてのデータを見ることができ、データの承認を行うことができます。プライベート・ブロックチェーンでは、特定のメンバーやサプライチェーンの主要メンバーなど、あらかじめ定義したグループだけに取引記録を制限することができ、アクセスコントロールリスト、ユーザー権限、データエンクリプションなど、従来のセキュリティーメソッドによりデータを保護することができます。
アカウンタビリティ
- 原産地: ブロックチェーンにより、自動車メーカーとサプライヤーは部品の原産地を追跡し、その部品が誰によって作られたかを確認することができるため、カスタマーは安全性と信頼性の高い製品を購入することできます。例えば、ブロックチェーン技術を使えば、トヨタ・カムリのルーフ部品が不正規ではなく、認証取得済みの正規サプライヤーが製造した部品であることを保証することができます。
- 製品ライフサイクルマネジメント: 先に紹介した航空産業の例では、メーカーは製品のシリアル番号と、製造中に使用されたにすべての関連部品の部品表(BOM)を持っています。物流業者は製品を物流センターやサービスセンターに輸送し、その間のデータは必要に応じてブロックチェーン上に集積されます。製品が受け取られ、支払いが行われ、所有権が移転し、ブロックチェーンが更新されます。サービス・ブリテンや耐空証明に関するデータは分散型ネットワークであるブロックチェーンからアクセスでき、適切な消費者に報告されます。サービスレコードからブロックチェーンを更新することも可能で、製品ライフサイクルの始めから終わりまで、その製品に関する一貫した情報チェーンを維持することができます。
- 脅威: 他のいかなる革新的なテクノロジーと同様に、ブロックチェーンにはリスクと脅威が伴います。完全にデジタル化された取引を扱う場合には、データセキュリティの問題が常に存在します。国内、国外を問わず、関連する法律はまだ作成途中であり、これから行われる様々なコンプライアンス対応により、これまでのブロックチェーンの使われ方が変わってしまう可能性もあります。また、現時点ではスマートコントラクトなどのほんの一部の技術しか使われていません。これらのことが将来のリスクになるかどうかは、今の段階ではまだ誰にも分りません。
更に、今後どのようなプラットフォームがデータをホストするのかという問題が残ります。クラウド上で保管されるのか、ERPシステムやビジネスインテリジェンスツールからのアクセスやレポーティングが可能なのか、それとも単にアドホックなのか。既に多くのソフトウェア会社がこのような課題に取り掛かっていますが、詳細はまだこれからという状況です。
まだ分かっていないことも多いですが、明らかなことが一つあります。ブロックチェーンは一時的な現象ではなく、むしろこれまでのサプライチェーンの在り方や、個々の製造業者・サプライヤーや業界全体のビジネスの在り方にまで、大きな変革をもたらす技術になるということです。多くのOEMが既に動き始めており、ブロックチェーンによるインパクトを深く理解し、将来その能力を有効活用するための投資を行っています。成長し発展し続けることを目指す賢明なサプライヤーは、彼らと同様に将来を見据えて行動する必要があるでしょう。